6.編集後記
現下ではあまり注目されない国で紛争が起きている。コンゴ民主共和国(旧ザイール)の東部で続く政府軍と反政府勢力の戦闘のことだ。域内で加盟国の利害がぶつかるアフリカ連合(AU)が有効な手立てを打ち出すのは難しく、外交的進展は乏しかったと言われている。一方で米露は、ウクライナ戦争終結に向けてそれどころではないのが実情だ。この二つの戦闘は、本来、それぞれ国際連合とアフリカ連合が内政不干渉を掲げて仲介役を果たすはずだが、現実にはこれらの連合に加盟している当事者が戦っているのだから推して知るべしだ。
関連する話をすると、EV電気自動車用バッテリーの多くにはコバルトが含まれており、世界のコバルトの半分はコンゴ民主共和国にある。UNICEF国連児童基金に依ると、コンゴ民主共和国ではコバルト採掘を支えるために子供達が危険な環境で働いており、採掘による粉塵には呼吸器疾患や先天性欠損症に繋がる毒素が含まれていると言う。コバルト採掘の副産物である硫酸とその排水は、近隣の河川や小川、動物の生態系に壊滅的な打撃を与え、発展途上国の地域社会にとっては、特に痛手となるはずだ。EVバッテリーに使用される他の天然資源も、同様の環境コストを引き出していると言う。つまり、コバルトや銅の鉱山労働者の子供達は、先天異常を持って生まれてくる恐れがあるというのは、ルブンバシ大学University of Lubumbashi(コンゴ民主共和国)、ルーベン・カトリック大学KU Leuven (ベルギー)、ゲント大学Ghent University(ベルギー)の三大学による合同調査でわかったことだ。国際連合との協議資格をもつ非政府組織のアムネスティ・インターナショナルAmnesty Internationalが数年前に同国の鉱山を初めて訪れたが、まず衝撃的だったのは、汚染があまりにもひどいこと、そして、国も企業も、汚染防止や労働者の保護対策に殆ど関心がないことだったと言う。労働者は児童も含めて、手袋やマスクなど最低限の保護具さえ着けずに採掘しているため、汚染から逃れようがない。複数の人が、のどや肺の痛み、尿路感染の症状を訴えた。同国南部のカッパーベルト地帯では、100年以上も採掘が行われていながら、汚染の影響に関する調査が行われてこなかったという中で、上記三大学による調査は、労働者の健康被害は、子孫の世代にまで受け継がれる負の遺産になり得ることを示唆している。これを契機とし、当局は早急に汚染の影響を調査し、鉱山労働者の健康管理に力を入れ、鉱山環境と労働者の健康を守っていく上で、各種規制の一層の強化も不可欠だろう。
一方、鉱山事業で収益を得る企業は、人と地球に害をなす汚染を防ぎ、人権を尊重する責務を果たさなければならないのは当然であり、鉱業事業による収益は、地元の人達にも還元されるべきだ。筆者は、この点で日本の実力が大いに発揮できると考える。SDGsの観点から鉱山開発と採掘事業の後、成果物を相応に配分し地元に還元するだけでなく、きちんと環境保護のために自然源を元に戻す、或いは、より高度な暮らしができるようにアップグレード(より良く改善)するなど、現地の人のために何ができるか、何をすべきかを考えて実行するまでが企業と政府の社会的責任経営ではないだろうか。
筆者は、十数年前にある電気電子機器団体の資材調達委員会で講演したことがある。内容は当時の米サプライマネジメント協会が推進するC.P.M.資格であったが、紛争鉱物の話になり、同委員会から次の発言があった:「2010年7月に米国で米国ドッド・フランク法が成立して以来、同法の紛争鉱物条項は米国のみならず、日本産業界に対して、大きな衝撃があった。その後、世界的な「責任ある鉱物調達」はEUを中心に進展し、各企業は人権や環境に関するサプライチェーン上の透明性を明らかにするためのデュー・ディリジェンスを求められている。我々団体は、かねてよりITエレクトロニクス産業のサプライチェーン全体を通じたCSRの推進を図ってきたが、こうした背景を受け、 責任ある鉱物調達を実現するとともに、欧米各国の関連する規制へ対応すべく責任ある鉱物調達検討会を総合政策部会の傘下に正式に設置し、国内外のステークホルダーとの対話、情報収集、働きかけを通して、合理的かつ効果的な「責任ある鉱物調達」を実現することを目指す。
欧米の手法を真似て、それに合わせるべく、検討会や委員会、部会をすぐ設置するのは、日本政府はじめ大企業の得意とする分野であるが、過去に『仏作って魂入れず』を何回も見てきた筆者は、愕然としたのを覚えている。同委員会の幹部は誰一人として現地に行ったことがなく、また行く意志もないため魂が入らない、よって前に進まないのは日本政府の指針と酷似していると思うのは自分一人だけであろうか。
以下余白
月報編集室:主筆 上原 修 CPSM, C.P.M. JGA
特定非営利活動法人 日本サプライマネジメント協会TM