3.おわりに
サプライチェーン関係者は、ワクチンを全世界に向けて如何に運ぶかに興味があるだろう。物流対象が膨大な数量であり、例えば米ファイザーの生産量は2020年に5000万回分、2021年には13億回分に達すると言われる。同社のワクチンを巡っては、大手物流企業の米UPS、米FedEx、独DHL Internationalが物流計画を立案した。
今回の物流で実務的に難しいとされているのはワクチンの温度管理であり、ファイザーのワクチンは、マイナス70度前後の温度で管理すれば半年ぐらい保持できる一方、2~8度だと5日間ぐらいだと言われる。特に、新興国・途上国での物流で、アフリカや南米などでは低温環境を維持するサプライチェーンの構築が難しいと言われているからだ。外気温が高い地域では、「ラスト・ワン・マイル」の物流で一層注意が必要だ。具体的には、配送のための特殊な箱を用意し、ドライアイスで温度を下げる。しかも、定期的にドライアイスを補充しなければならない。だが、これらをどこまで用意できるかは未知数である。
ここで思い出すのは、筆者がアフリカ中部の内陸国で日本人の好きな魚介類を輸入したことだ。それまで誰も考えつかないことで、実現したら奇跡と言われた、200名以上いた日本人駐在社員と家族の殆どが東北と九州出身者で刺身や寿司を夢にまで見た人たちであった。筆者が採った策は、現地に長く根付いているヨーロッパ人、またはユダヤ人との意思疎通、友好関係であり、彼等と長々と調達物流とサプライチェーンの策を話し合った。結論は、宗主国に任せる案だ。当時の暗黒大陸アフリカは、実質的には殆どイギリスとフランスが経済を支配していたため、独立後と言えども、英仏は大きな影響力を持ち、また自分の庭のように走り回っている(実際にはヘリや小型飛行機を操る)。友好関係を通して借りた知恵は彼等のルート、物資のサプライチェーンを利用することだった。欧州人との絆や関係性の構築方法は、別の機会に譲るとして、今で言うところのサプライヤーとの良好な関係の築き方を実体験で得たのは大きかった。現地に長年に亘って仕事をし居住するヨーロッパ人から貴重な情報を取得し、最終的にケープタウンから多くの新鮮な魚介類を輸入することに成功した。秋田や大分出身の社員や家族は涙を流して喜んだのはまだ記憶に残っている。少し話が逸れたが、当時、生鮮食料品、生の魚の温度管理だが、南アフリカからの貨車輸送(SAR & H) では、ジンバブエ南西部にある都市ブラワヨ(Bulawayo)駅で氷を補充することが唯一の保冷手段であった。
今回のワクチンの温度管理の状況次第では、ワクチンが使えなくなる恐れもあり、物流企業は、ワクチンのサプライチェーンに巨額を投資しているそうだ。例えば、米UPSは巨大なワクチン保存庫を建設している。これに対し、モデルナ社のワクチンは有効度がファイザーのものと比べてやや高かったことだけではなく、同社のワクチンは、2~8度で30日間ぐらいは保持でき、マイナス20度であれば半年間ぐらい保持できると言う。
ワクチンを巡るサプライチェーンの話は、製造業への示唆に満ちている。例えば、製造業では調達先として欧米やアセアン諸国のサプライヤーを選定する機会が多いが、目下の新型コロナウイルス下では簡単に国外に行けない。新型コロナウイルス感染症が拡大していた当初は、中国からの物資が届かないなどの問題が出ていた。その後、感染が全世界に広がったためのワクチンが誕生し、その課題がサプライチェーンであることを改めて強調したい。新型コロナウイルス感染症が世界に拡大したのは、社会経済の地球規模化が背景にあるだろう。しかし、それを収束させられるかどうかも世界規模のサプライチェーンにかかっていると言える。これまでサプライチェーン経営や効率性はあまり重視されてこなかったが、そうこうする内にサプライチェーンそのものがグローバル経済全体を左右する要因になってきたのである。
月報編集室:主筆 上原 修 CPSM, C.P.M. JGA
特定非営利活動法人 日本サプライマネジメント協会